2006年04月04日

島尾敏雄『死の棘』

 売れない小説家の男とその妻、そして子供二人の四人家族。
 男の浮気発覚により、ひたすら夫の不実を責め、過去を掘り返し続るようになり、男はひたすらに許しを請う。
 狂気の淵に沈んでいく妻と、ただひたすら許しを請う夫。
  
 著者・島尾敏雄とその妻・島尾ミホとの間に起こった事実をもとに描かれた小説であります。


 ああ、重い。ひたすらに重いです。

 日常のどんな些細な事からも夫の不倫へと連想が繋がり、夫を問いつめ始める妻。
 あの女にはどんな言葉を言ったのか、何をしてやったのか、何をくれてやったか、何月何日どこそこへ行ったはずだ、それに引き替え、自分たちは一体何をして貰ったと言うのか――。
 微に入り細に入り、過去の事を際限なく、何度でも、昼夜の別無く行われる詰問はひたすらに重く、息苦しい。
 そこでは子供達の存在すらも歯止めになりません。

 その地獄のような状況の中で、ひたすらに詫び、許しを請う夫。
 疲れ果て、窒息するような息苦しさを感じていても、しかし、あくまで「妻のためである」と考えます。妻と別れる事は選択肢には上らず、妻のためには仕事も生活も犠牲にし、かつての女に手を挙げてまで決別し、生活の全て妻に捧げます。
 それは贖罪の為でありましょうか、愛の故でありましょうか。夫婦の絆でありましょうか。
 壊れた妻の狂乱と執念。そのまえに跪く夫の卑小さとの対比させることこそが男の妻に対する想いを表しているのかも知れません。

 小説の大部分をこの妻の詰問が占め、一向の先の見えない、堂々巡りの話と、その陰惨さで、調子が悪い時は読むのがしんどいほどでありましたが、いやいや、本当にどエライ小説だなあ、と。


photo
死の棘
島尾 敏雄
新潮社 1981-01

by G-Tools , 2006/04/04


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2006年03月24日

高村薫「カワイイ、アナタ」

 「文藝春秋」(2006.04)に掲載されている高村薫の短編。
 ちょっと遅くなりましたが、短編はいつ単行本になるか分かったもんじゃないので購入。

 合田から加納への書簡という形式を採っており、財布を拾った初老の男が、その持ち主である少女に対する妄想を警察官に述べ、その話を聞いた合田が加納への手紙にそのことを綴っている、という趣向です。
 その財布を拾った男の少女に対する呼びかけが「カワイイ、アナタ」なのであって、合田が加納に対して「カワイイ、アナタ」と言っているのではありません。
 いや、このタイトルで、合田と加納ならそう思っても全く仕方のないことでありますけれども――。

 財布を落とした姿をちらと見ただけで、その後、男の中で肥大化していく少女の姿。初老の男が抱えるその少女への想いは、平凡であった男の人生に於いてどんな意味があったのか。そして、最後は――これは自分で読んで確かめましょう。

 という感じで。
 社会の外郭というものを脱ぎ去って、一人の人間の内面にのみ焦点を当てた作品は高村作品では比較的少ないのではないかと。エンターテイメントへの回帰もあり得るでしょうか。

 しかし、登場人物に臆面もなく

 若い頃には人並みに日活ロマンポルノを観にいったりもしましたが、それも実はあまり好きな方ではなかったし、映画と言えばやはりゴダールやトリュフォーです。

 とか言わせてしまう辺りは高村節だなあ、と。
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2006年03月18日

福澤徹三『亡者の家』

 消費者金融会社の新入社員・諸星は強引な債権回収に慣れることができず、自分の仕事に悩みを覚える。
 そんな中、自分が担当となっていた男が返済を滞らせ、回収のためその家に向かう。
 特徴のない、だが禍々しい雰囲気を帯びた家に
「厭な顔の家だ」
 という感想を抱く。
 男は失踪した、と告げる艶めいた妻。暗くふさぎ込んだ娘。
 その家に踏み込んだ時から、諸星の周囲には凶事が忍び寄り始める――


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2006年03月09日

伊坂幸太郎『陽気なギャングが地球を回す』

 どんな嘘でも見抜くことができる男、成瀬。
 当意即妙、言葉の奔流を操る演説の達人、響野。
 芸術的なスリの技術を持つ若者、久遠。
 正確無比の体内時計を持つ女、雪子。

 それぞれの持つ能力を活かして行われる銀行強盗。
 万全の計画、大胆不敵な行動。
 計画は成功し、4000万円を奪取したが、逃走中に現金輸送車襲撃犯と事故を起こしてその金を奪われてしまう。

 奪還を謀る4人。そして、時期を同じくして雪子の息子に迫る不穏な気配が――

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2006年03月02日

田澤拓也『虚人 寺山修司伝』

 世間一般で、寺山修司の認知度というのはどの程度のものでしょうか。
 天井桟敷の主催、『書を捨てよ、町へ出よう』、「時には母のない子のように」の作詞者、歌人、競馬好き、覗き事件を起こした、力石徹の葬式をした人――

 色々な印象があるかと思いますが、その作品や、彼が起こしたスキャンダラスな事件については知っていても、寺山修司自身についてはあまり知らない、という人も案外多いのではないでしょうか。

 この『虚人 寺山修司伝』は、主に学生時代の短歌から、ラジオ・TVドラマの脚本を書いた時代が中心に、その人生を丹念に追って行き、「虚構の人」寺山修司の真実を描こうとしたものであります。

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2006年02月26日

田中啓文『UMAハンター馬子 完全版』

 伝統芸能「おんびき祭文」の語り部である蘇我家馬子(そがのやうまこ)は、下品でど派手でケチで我が儘で好色という、画に描いたような大阪のおばはんだが、芸だけは天下一品。
 弟子の少女イルカと共に全国各地をドサ回りするが、行く先々でUMAと不老不死の伝承に行き当たり――

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2006年02月14日

小川洋子『博士の愛した数式』

 映画館に寺尾聰を見に行こうと思ったので、その予習で。

 派遣の家政婦である「私」が紹介された仕事先は、老数学者の家。
 が、その数学者は昔事故に遭ったために記憶に障害が残ってしまい、事故以前の記憶はあるが、それ以後の記憶は80分しか保たなくなってしまっていた。
 その数学者「博士」と、家政婦の「私」、その息子「ルート」という3人の、暖かで優しい交流を描いた小説。
 第一回本屋大賞受賞作。

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2006年02月12日

稲生平太郎『アムネジア』

 たまたま目に留まった「酒に酔った男が路上で死亡、しかし、その男は戸籍上で数十年前に既に死亡したことになっていた」という新聞の片隅の記事。
 その死亡した男の名前が気になって、事件について調べていくうちに、闇金融の世界の世界に巻き込まれていく。しかし――

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2006年02月08日

帚木蓬生『エンブリオ』

 理想的な環境を備えた病院を舞台に、人の胎児を用いた、生命の禁忌に触れる医療行為を描いた小説。

 中絶された人の胎児を培養しての臓器移植や薬品製造、死者の卵巣からの人口受精、凍結保存の受精卵を用いた自然では反自然の不妊治療。そして代理母問題を解決し得る一歩としての「男性の妊娠」の実験。

 これらの医療行為を行う院長・岸川は、しかし冷血漢や外道の人物としては描かれません。むしろ患者の利益を第一と考え、親身になって相談に乗り、技術の向上に努める理想的な医師として描かれます。
 上記の医療行為も、日本の法律に違反することは無く、医師と患者双方にメリットのあるもの。ただそこに問題があるとすれば「生命の禁忌」だけであります。

 しかし、岸川はこの医療行為が反自然で生命の禁忌に触れるならば、人を治療し、延命する行為そのものが反自然として非難されるべきであり、もし他の医療行為が人に役立つという点で認められているなら、自分の行う胎児を用いた医療行為も人を幸せにするものだ、と非難にも怯まず、信念に基づいた治療を続けます。

 しかし、その技術がアメリカの生殖産業に狙われることになり、その技術と患者を守るために、岸川は対決姿勢を取り、非情な手段を取っていくことになるわけですが――。


 自らの子を生かすために、まだ腹の中にいる胎児を犠牲にして治療を行う事を決断する母親は正しいかどうか。
 岸川が善と信じて行う行為は、患者を初め、その行為に関わる者すべてに喜ばれますが、ただそこには「胎児本人」の問題が黙殺されたままである、という不気味さ。
 そういった事を淡々とした筆致で描き、患者の利益と倫理はどちらが大切か、生命の禁忌の問題はどう扱うべきか、との問を常に投げかけてくる作品です。

 しかし、最後のアメリカ企業との対決が山場になるかな、と思ったら結構淡々と進んでしまってちょっと吃驚。

 エンブリオ (上) (下)
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2006年01月29日

中原昌也・高橋ヨシキ・海猫沢めろん・更科修一郎 『嫌オタク流』

 タイトルは『嫌オタク流』となってますが、実はあんまり「嫌」という感じは受けません。
 むしろオタクバッシングの本ではなく、オタクのメンタリティ理解への手引き書と言うべき内容であります。しかし、こんな本を手に取る人間はそもそもオタクであるという。
 対談形式で字も詰まってませんから、一時間前後でサックリ全部読めてしまいます。
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2005年10月11日

古川日出夫『ベルカ、吠えないのか?』

 前回の直木賞候補作でありながら、惜しくも受賞を逃した古川日出夫『ベルカ、吠えないのか?』
 このところ、とんと本を読めないでいたため、何か一冊で良いから読みたくて仕方なくなり購入、そのまま一気読み。
 お、面白いぞ、これは!

 1943年。日本軍の撤退により、キスカ島に残された4頭の軍用犬。
 米軍に接収された彼らは、血を交わらせ、世代を繋ぎながら生きる。
 あるものは軍用犬として東西に別れて咬み合い、あるものはツンドラの大地に野生として雑じり、あるものは愛玩用の美として人にかしずかれる。そして彼らの子孫がまた「戦争の世紀」である20世紀に広がっていく。


 東西冷戦を背景にして物語は世界中に拡散していき、そして最後に再び一点に収束していきます。(といっても、犬たちが集合するわけではないですよ、一応)
 犬の系図書くだけでもこれ大変だ! という。
 それを世界情勢に即しながら世界規模で交差させ、平衡させ、繋ぐのはこれ大変なことですよ。それをきっちりやってのける緻密さにただただ感嘆するばかりであります。

 お前たちよ、イヌよ、と呼びかける文体は、犬たちを導くの運命の声、彼らを包む世界の声であり、それによっ描き出される犬たちの姿はとても雄々しく、強さを感じさせるものであります。
 それに対して、東西冷戦をトルーマンとスターリンの、ソ連と中共の対立を毛沢東とフルシチョフの「個人的な関係」とし、それら国家間の会話が、妙に軽いのも絶妙な対比であります。
 だからこその
「じじい、あたしはいま、ストレルカ、襲名したぞ」
 ですか。

 実に面白かったですわ。
 このタイトルも、見ただけでも色々な事を考えてしまう大変に良いタイトルです。
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2005年09月20日

このミス大賞、12歳の作品が奨励賞に

 第四回「このミステリーがすごい! 大賞」受賞作品が決まったそうです。
 
 大賞は現役医師が書いた医療ミステリ「チーム・バチスタの崩壊」
 そして、今回設けられた特別奨励賞には弱冠十二歳の少女が書いた「殺人ピエロの孤島同窓会」

 大賞の方は普通に読んでみたいですわね。
 そして、奨励賞の12歳というのは、まさに後生畏るべしと言うべきでありましょう。

 しかし、世間的に「このミステリーがすごい!」にランクインするのと、「このミステリーがすごい! 大賞」を受賞するのを混同している人が案外多いような気がしますが、そんなことも無いですか。無いですな。
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2005年09月19日

京極夏彦『百器徒然袋―雨』(文庫版)

 というわけで『百器徒然袋-雨』(文庫版)が出てたので購入。
 まあ、既にノベルス版で読んでいるわけですが、表紙の張り子がイカすのと、栞のためにで文庫版も揃えている次第で。
 このところ、なかなか新刊を読めないので、こういうのの感想を書いてお茶を濁します。
 確か以前にノベルス版で中身に対しての感想は書いた気がするからここでは省略。
 
 で、『雨』は榎木津がメインということで、映画「姑獲鳥の夏」で榎木津役を演じた阿部寛が解説を書いてます。――が、あんまり取り立ててどうこうと言うことはなく。
 ただ全体の4分の1程を姑獲鳥の本文からの引用で済ませている辺り、良いのかしら、それは。引用文が長すぎやしないかしら。
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2005年09月03日

邪魅

 9月22日に発売と発表されていた、京極夏彦『邪魅の雫』ですが、どうも大極宮を見る限り、その日には出ないようです。
(週間大極宮→厨子王の逆襲で詳細を)

 ん〜。京極センセ、相当怒ってらっしゃいますなあ。
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2005年09月02日

歌野晶午『女王様と私』

歌野晶午『女王様と私』読了。

  帯にも「戦慄的リーダビリティが〜」とある通り、ぐいぐいと話を引っ張る力もあり、サクサク読めてしまいますし、確かに謎は見抜けなかったんだけど……これがフェアなミステリーだったかというと返答に困ってしまう感じであります。

  歌野作品でそこら辺の判断が分かれそうな辺り世界の終わり、あるいは始まりと似てますが、これとはまた異質な論議を呼びそうです。

 しかしやっぱり、実は事件は主人公の妄想だった! よって主人公の願いで如何とも叶うけど、それじゃあんまりなので願いは4回まで! って言われても吃驚してしまいます。まあ、それがこの作品の中でのルール、として考えるべきなのでしょう。

 しかし、脳内妹とか出てきはしますが、この主人公は決してオタクではなく、単なるロリコンじゃないか、と思うのです。
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2005年05月04日

伊坂幸太郎「ラッシュライフ」

 伊坂幸太郎「ラッシュライフ」読了。

 画商に弄ばれる画家の志奈子、美学を持って仕事を行う泥棒の黒沢、新興宗教の信者河原崎、浮気相手の妻の殺害を目論む精神科医の京子、犬を拾ったリストラサラリーマンの豊田。
 仙台の街を部隊に、これら5つの異なる物語が、リンクし合い、連環する物語。

 伊坂幸太郎作品は今のところ文庫化したものしか手を出していないので「オーデュボンの祈り」に続いて2作品目になります。

 画商の戸田の嫌さ加減とか、リストラ豊田のラストとか、京子の顛末とか、なんだかんだあっても、希望の持てるいい話、或いは読者が望むであろう結末にもっていく辺りがこの人作風かしら。

 面白かったですよ。
 あそこがああで、ここはこうなって、と読了後にアッチこっちのページを繰って確認しまくりました。ほー。
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2005年05月02日

中島らも『ロカ』

中島らも、未完成の最後の小説「ロカ」読みました。

 「近未来私小説」の文句通り、中島らもが生きていたらこうなったろうと思わせる老小説家"小歩危ルカ"を主人公、相棒のギター"ロカ"を通じてロッカーや少女との出会いを描く。
 中島らもらしい語り口、それだけに酒やドラッグ、音楽やその他エピソードに、今までの作品でもあった使い回しがあるものの、既存の作品よりトーンは抑えめで気にならない、と言うよりは寧ろ、中島らもの足跡を追っているような感じ方をしたのは、これが絶筆だからでしょうか。

 未完の作品なわけですが、極めて自伝的だった「今夜、すべてのバーで」に読んでたときの印象は近い感じ。年を取った自分、ということでフィクション度はそれより高めですが。

 
 にしても、これが完成していたら傑作になったんじゃなかろうか、というような予感はひしひしとありました。存在しないが故にその先に最高を夢見る、というミロのヴィーナスの腕的な感じではありますが。話としては導入が終わって動きそう、というところで終わっております。
 しかし、絶対に続きは読めないんですなあ。
 らもさぁん……。
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2005年04月14日

空のオルゴール

 文庫落ちした、中島らも「空のオルゴール」読了。

 伝説の奇術師の足跡を追ってパリに赴く主人公。
 一人の奇術師と知り合うが、その奇術師は反奇術同盟に殺されてしまう。
 彼の弟子達と反奇術同盟の奇術VS殺人術の戦いが始まる――

 とそんな感じでありますが。
 しかし、折角の奇術VS殺人術という興味深い構図であるはずなのに、殆どそれが為されず、非常に投げやりな感じでみな死んで行ってしまうのがとても残念。
 折角得意ジャンルを設け、個性を出しているマジシャン達も、登場時以外はそのマジックを披露することなく、事故的に退場してしまいます。
 どうも全体的に、うーん、という感じで……。

 単行本が出たのが2002年ですから、作者のちょうどアレな時期だったのであろうなあ、とそんな感じであります。

 しかし、ところどころに心のはじっこをくすぐるような文章は、さすがは中島らも、といったところで。
 それでも、既存作品に比べて、だいぶ――という感想はありますが。

 ああ、らもさん……。
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2005年04月02日

綿いっぱいの愛を!

 大槻ケンヂ「綿いっぱいの愛を!」読みました。
 五月末には同タイトルのCDも出るようですよ。

 相変わらずのオーケン節のエッセイ。
 ただ、「ぴあ」での連載を収録めたものなので、新潮ののほほんシリーズよりもどーでもいい話率が高く、大分軽い感じではあります。
 それでも、中島らも追悼の話とかはやっぱりしんみりさせられます。
 「電車男」に就いても言及してたりしますが、うん、やっぱりそう思うよなあ、あれは……。

 雑誌コーナー連載分を集めた本のため仕方ないのかもしれませんが、やたら「○○買ってくれよ〜」とその当時の宣伝が多いのは、ちとアレですなあ。後書きにも書いてありますし。
 オーケン流の冗句なんでしょうが、このごろのエッセイでやたら多用している気がするので、ちょっとどうかなあ、と思ったり思わなかったり。
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2005年03月08日

終戦のローレライ

終戦のローレライようやく読了。


 ♪この道は いつか来た道 ああ、そうだよ――

 と読んでいる間、終始感じた話でありました。
 ああ、なんて懐かしい物語。我々が幼い頃より慣れ親しんだ要素で構成された戦争譚。
 だが、それがいい!
以下ネタバレ含む
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