2007年09月04日

星野之宣『宗像教授異考録』6巻

 「竹取物語」と「浦島伝説」の類似から古代の宇宙観を読み解き、二つは元々同じ物語だったと論じる「再会」
 船の遭難に居合わせた宗像教授が古代の宇宙観と神話の関係性を生き残った人々に語る「テキスト 天空の神話」
 仮面土偶の異様な形状から古代の巫女に与えられた役割と黄泉醜女の本来の姿を論じる「黄泉醜女」
 以上の三編を収録。

 球形の殻が大地包むという構造の渾天説では、その殻空には穴が開いており、そこから差し込む向こう側の光が星であり、その殻状の空の向こう側の世界に広がる世界があったと古代の人々は考えた。
 その殻状の空が回転することによりこの世界に昼と夜という時間の概念が生まれるとすれば、殻の外側の世界はその空の運動とは無関係な昼も夜もない、時間を超越した"常世"であり、老いることも死ぬこともない世界だという。
 あっというまに成長するかぐや姫、箱を開けて急に年をとる浦島。竹取物語と浦島伝説に共通する、「この世の時間と異なる時間の流れ」の描写から、この二つの物語は常世と現世を往還する一つの話が二つに分かれたものだ、と論じる宗像教授。

 嘘か真か、宗像教授の論は相変わらず素晴らしく面白いなあ。
 「再会」では、この常世と時間を巡る物語に、『神南火』で主役を務めた女版宗像教授というべき忌部神奈の一族のエピソードが絡まり合って、スケールのでかい話と成っております。

 そして、「天空の神話」。
 古代人の海路を船で辿る企画で、その船に乗り合わせた宗像教授。
 その船を隕石が直撃! 死者多数! 生き残りに古代のロマンを説く宗像教授! とこちらもまた、ある意味宗像教授らしい凄い話。今までも度々思ってきましたが、宗像教授達にとっては古代のロマンより人の命は軽いのでありました。
「犠牲者には気の毒だけど、航海に参加した甲斐があったような気がする」などと宣う神奈さんはやはり宗像教授と同類でありましょう。

 「黄泉醜女」では、神や人の顔を直接表現することを畏れて避けた、と説明される仮面土偶の顔の異様な表現について、実は中国の纏足のように顔面を押しつぶして人工的に奇形の顔を作り出していたのではないか、と語る教授。
 イワナガヒメが不死の属性を持つのも、醜いもの恐ろしいものに僻邪の力があり、醜さが死すらも退けると人々が信じた故であり、醜い顔で義務づけられて死者の安寧を司る古代の巫女達の存在があった事を指摘。
 その巫女達が時代の変遷とともに神話の片隅に追いやられ、零落したのが死者の神となったイザナミに仕える黄泉醜女ではないかと語ります。

 うーん、大変に面白い論だなあ。宗像教授のエンターテイメントっぷりは相変わらず素晴らしい。
 「黄泉醜女! そういうのもあるのか」といった感じで奇想溢れるこの第六集も大変にオススメ。

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2007年09月03日

作画:あらきかなお 原作:キャラメルBOX『乙女はお姉さまに恋してる』1巻

 アニメ化されたり、PS2に移植されたりもしましたが、原作は18禁PCゲーム。「電撃大王」に連載中のそのコミカライズ作品。
 原作となるゲームは未プレイ、アニメも未見なので漫画を読んだのみの感想、ということで。

 お嬢様ばかりの女学院に「女の子」として転入してきた主人公の瑞穂。
 全生徒の見本となる「エルダー」に選ばれて「お姉さま」と慕われるようになてしまったり、幽霊のルームメイトが出来たり。
 乙女の園の中、男であることがバレないよう波乱の学園生活がスタートするのでありました。

 と、女装美少年+百合、という近頃のおいしい要素を惜しげもなく取り込んだ設定。
 あらきかなおの描くキャラが、女の子同士でぺたぺたとくっついていたり、からりとお馬鹿な騒動を起こしてみたり、活き活きと動き回る様が大変に華やかで可愛らしい。
 基本的にはそういっ女の子達がじゃれ合う可愛らしさを楽しむ作品でありましょう。眺めておりますと、こう、心の中にあたたかなものが兆してきます。

 ところで。
 主人公の瑞穂、トイレがどうのとか、朝起きたときにアレであるとか、プールに入る時に困る、といった男性であるが故のトラブルが発生することはしますが、セクシャルな部分では完全に無力化されているなあ、と。
 現時点では、誰かとはっきりした恋愛フラグが立っているわけではなし、男として誰かに迫るわけでなし、むしろ女の子達に押されてっぱなし。

 ここで描かれている瑞穂のキャラクターというのは、女性であることに自信がない女の子、というキャラの変種でありましょう。男性であるということはそのコンプレックスに置き換え可能ではないかと。
 そもそも女×女、百合の関係の変奏としての女装美少年なので、瑞穂のキャラとしての比重は女>男にあるのは間違いないところかな、と。

 たとえばコレが同じ女×女でも、男役として両性具有が出てきたりするのとは全く逆の構造となりましょう。
 こちらは逆に女×女の関係の部分が、男×女のヘテロな関係の変奏で、その場合、両性具有の女性の役割は女性の外見を持った男、という。

 何だか自分でも舌足らずな事を書いている自覚があってアレなのですが、この作品の描くところは「男の子の百合」という大変に倒錯したものであり、その中で果たす「女装美少年」のキャラの役割というのを考えたらこんな感じかな、と。

 いや、2巻が出たら全く上の話は成り立たなくなっているかもしれないんですが。原作はその辺どういう扱いになっているかちと興味があります。

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2007年08月30日

「コミック怪」vol.1

 妖怪専門誌「怪」の姉妹誌となるコミック。
 志水アキによる「魍魎の匣」コミカライズをはじめとして、この創刊号には伊藤勢、堤抄子、室井大資、湯浅みき、大橋薫、後藤羽矢子、樹生ナトの作品が掲載。そして水木しげるの怪作「鬼太郎対悪魔くん」も収録。

 やはり目玉は「魍魎の匣」。
 志水アキがこのコミカライズを担当すると聞いたときに、あぁ、それなら適役だ、と思いましたが、実際に見てみてもそのシャープで緻密な線は京極夏彦の作品世界を漫画として描くのに不足なしといった感じ。
 純粋且つ歪んだ危うい関係にある加菜子と頼子、久保俊公の鼻持ちならなさ、木場修の懊悩、弱気な関口、等々キャラクター達のイメージを損ねることなく、京極作品を「漫画」として成立させております。
 「魍魎の匣」の登場人物達が抱えている「不安定さ」も実に上手く表現されているなあ。
 
 この創刊号で描かれているのは、あまりにも冒頭の「匣の中の娘」のシーンから、関口、鳥口、敦子らが美馬坂研究所にたどり着くまで。
 物語的にはまだ京極堂は登場しておらず、コミカライズ作品としての真価は彼の登場後、京極節を如何に表現するかというところで問われるのではないかと思いますが、この第一回目を見るに、今後の展開も相当期待しております。

 その他、九尾の狐をネタにバカバカしいギャグとして仕上げた伊藤勢「九尾−闇守人−」 、おとぎ話や説話伝説の登場人物達の鮮やかなコラボレーションが魅力的な堤抄子「平安Haze」辺りが印象に残りました。

 次号は11月刊行予定。
 「魍魎の匣」を読むためだけにも買っても良いかなあ、と個人的には思っております。

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ラベル:志水アキ
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2007年08月29日

久正人『ジャバウォッキー』3巻

 生まれたばかりの毛沢東に対して企てられた暗殺計画、トロイ発掘のシュリーマンが発見した聖書盗作の証拠となる遺物。歴史の影に生き続ける恐竜人間達の物語に、女スパイ リリー・アプリコットとオヴィラプトルの恐竜人間 サバタ・ヴァンクリフのコンビが挑む第3巻。

 陰影の強い対比で描かれた独特の画面、洒落っ気のある映画的台詞回し、そしてハッタリの効いた物語。
 うーん、やはりカッコイイですなあ。
 未来に多くの死をもたらすことが預言された赤ん坊に対して下された暗殺指令。
 聖書の正当性と起源を揺るがす発掘された物語。
 それらと在るはずのない恐竜人間達が絡み合った素晴らしく魅力的な嘘であります。

 漢民族の王朝を影で支えて来た立場にありながら、清朝の支配下で暗殺者に落ちぶれたミクロラプトルの女王。彼女が取った手段とその報いの結末。「造反有理」のスローガンがなかなか効果的に物語を締めます。

 出来レースのトロイ遺跡発見の影に隠された「アダムの肋骨」を巡って、人間に戦争を仕掛けようとする恐竜人間達とそれを阻止しようとする「イフの城」サバタ&リリーのコンビ。
 因縁のアロサウルス・ジャンゴとの対決、そして動き出した恐竜人間達を止められるのか?!

 うーん、実にエンターテイメントしていて素晴らしい。
 未読の方は是非。

 1・2巻感想


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2007年08月28日

アントンシク『ガゴゼ』3巻

 力を失い、かつて従えていた妖怪達に狙われるガゴゼ。
 逃避の道行きの中、再会した忠臣 妖狼の朝倉は力を取り戻すために人の肉を食らえと行方不明になっていた足利義満の息子・義嗣を差し出す。
 ガゴゼが義嗣を喰らおうとした時、襲いかかる式神・青龍。
 その主である陰陽師の有盛まで登場し、朝倉は己の息子にガゴゼを託してその場に残る。
 一方、ガゴゼは再び人里に辿り着く。
 人々はガゴゼにも優しく、再びガゴゼは安息を得たかと思われたが―――


 ガゴゼの肉をもぎ取り喰らう真の姿を現わした青龍、その青龍に咆哮と共に挑む妖狼朝倉。獰猛さ全開で描かれる人外の者達の戦いが素晴らしく格好良い。
 敵意に剥かれた目玉、ぎらつく牙、おどろおどろしい風貌、実に魅せます。
 この3巻の後半に登場する人面蜘蛛・祢々もグロテスクで素敵。
 この作品の妖怪達の描写はどれもこれも実に素晴らしい。

 物語的にも、有盛に仕える十二神将がかつて交わした契約の一端が青龍の口から語られたり、朱雀と青龍の間に確執があるらしかったり、若き日の義満とガゴゼの因縁が語られたり、有盛と「カシリサマ」の謎が深まったりと、複線が縦横に張り巡らされております。これらがどう収束していくか、興味は尽きません。

 また、童形になっても獰猛さを失っていないガゴゼですが、義嗣を喰らおうとした際に、人の心の温かさを教えてくれた少女・鬼無砂の面影がよぎって躊躇したり、逆に同種の暖かさを感じて信用した人間に裏切られたりと、徐々に人間に対する認識が変わっていくガゴゼの複雑で微妙な心境が丹念に描かれていて読ませます。
 一回の温情で信頼一辺倒に転がっていかないで、まだまだ懐疑的で憎しみ蔑みの思いが大勢というのがいい。

 新刊が出るたびに素晴らしく面白いなあ、と思うのです。
 もう少し人に知られて、もう少し人に読まれていてもおかしくないクオリティだと思うんですがのう。

 1巻感想/2巻感想

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アントンシク

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2007年08月26日

もりやまつる『GOLD DASH』1巻

 深夜の高速を裸足&ドレス姿で激走するキャバ嬢。
 それを見て逸材だ! と惚れ込むトラック野郎。
 浪華の街からスタートするそんな二人のマラソンストーリー。
 目指すは北京五輪だ!

 いやー。凄い。のっけからインパクト満点で大変に素晴らしい。もりやまつるの濃いぃ絵柄と相まって。

 昼は鳶職、夜はキャバ嬢、子連れ元ヤンの伊藤蘭と、かつてマラソンのコーチでありながら訳あってその職を辞し、トラック運転手をしている大鳥嵐(らん)。
 自分をひき逃げした男を追っての蘭の高速道路深夜の大激走を目撃し、そのスピードと、フォームの美しさと、ガッツに心底惚れ込んでしまった嵐。
 身銭を切って蘭の借金を返済し、口説きに口説き倒して彼女をマラソンの世界へと誘います。

 強面のオッサンなのにいちいち言動がお茶目で実にステキ。
 「あけおめ(ハートマーク)」とか、笑顔とか本当にキモ可愛い。
 感動屋だったり、蘭の凄みの前にビビりが入ったりする外見とのギャップがまた愉快であります。 

 そんな嵐ですが、走りにかける情熱は本物だったりして時折芯の通ったかっこよさを見せるのがまた心憎い。

 大阪の街と人々が持つバイタリティとユーモア感、キャバ嬢&マラソンという前代未聞の組み合わせが生み出すインパクト。非常にパワフルな作品。先を読みたくなる力に溢れております。
 見た目と設定から色モノっぽく感じるかもしれませんが、実は中身はまっとうなスポーツ漫画であります。いや、設定と目指すところは凄いですけれど。

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もりやま つる

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ハラヤヒロ『みこととみこと』1巻

 田舎の学校に転入してきた少女・ミコ。
 宿題で町のことを調べているうちにおんぼろ神社に眠っていた神様「天長眠命(あまのながねむりのみこと)」を目覚めさせてしまう。
 ミコと、眠りすぎてちょっとズレちゃっている神様に、賽銭箱目当てで寄ってきたミコの姉のタカコも加えて始まるほんわかコメディ。「コミックバーズ」連載中。

 引っ越してきたばかりで友達もいなかったミコが、みこと(神様)となんだかんだやっているうちにちょっとづつ溶け込んでいったりとちょっといい話風味も持ちつつ、万能のはずなのに微妙に脱力するみことのボケを軸に周囲がツッコミを入れながら展開していくコメディ。
 お金大好きで騒がしいタカコのキャラクターが良い具合にテンポを攪拌しております。悪戯っぽい笑顔が大変に魅力的。いや、かなり可愛い。おまけにデコっ娘ですし。フハッ!

 一つのネタで大きな笑い、という感じではありませんがラフっぽい筆遣いで描かれたキャラがパタパタ動き回る様は大変に可愛らしいなあ、と。
 前作『ハカセのセカイ』(→感想)の頃よりこなれてさらに可愛らしくなったなあ、という感じが。
 デフォルメの効いた表情がコロコロ変わるのも大変楽しい。
 このテンポと絵柄がマッチしててなんかいいなあ、好きだなあ、という作品であります。

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ハラ ヤヒロ

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2007年08月25日

原作:虚淵玄 漫画:中村哲也『エンシェントミスティ』

 オーパーツ・黄金ジェットとその発見者の美少年を巡って繰り広げられるロリっ娘トレジャーハンター&不定形可変メイドVS大英博物館戦術学芸員の戦い! その黄金ジェットに秘められた謎とは?! そして美少年の貞操は無事なのか?!
 『吸血殲鬼ヴェドゴニア』のシナリオライター・虚淵玄と『腐り姫』の原画・中村哲也というコンビで描く冒険活劇!

 というわけで。
 オーパーツ、美少女トレジャーハンター、ライバル組織、オーパーツに眠る神、とお約束なまでの「冒険活劇」要素が詰まった作品。「やっぱりこうでなくちゃ!」感をびしびし感じさせるツボを押さえた話となっております。

 主人公のロリっ娘トレジャーハンター・ミスティ、実はファラオの呪いによって姿を変えられた美少年喰いの妖艶な美女だったり、大英博物館戦術学芸員のタウンゼント卿はマッチョホモのサイボーグだったりと、キャラ設定もトリッキーで楽しい。
 これによってオーパーツだけでなく、美少年の奪い合いというちとマニアックな構図も出現しており、謎とアクションの物語にバカらしさも多分に加わって非常に楽しげな話に仕上がっております。
 それにしても中村哲也描くところのショタっ子は可愛らしいというか色気があって困りますなあ。女性キャラももちろん可愛いですが。中村哲也キャラはちょっと絵柄にクセがあるけれども、とても漫画映えすると思うのです。

 「大陸間弾道メイド」のマレアさんとか、顔見せ程度に登場しているキャラが何人かいたり、目次には「黄金ジェット編」とあったりするので、トレジャーハント物として展開していける構想があったものと思われますが、お話的にはこの1巻で完結。
 冒険活劇として良い意味でのお約束感が詰まっております。その辺の活劇の楽しさと、良く動くキャラクターが楽しい一作でありました。

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虚淵 玄 中村 哲也

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タイム涼介『あしたの弱音』

 昨日取り上げた『アベックパンチ』の前に著者が「コミックビーム」で連載していた作品。
 最初はヘタレたツッパリ中学生の主人公・弱音を、女教師・三子が煽るという形繰り広げられるドタバタギャグ漫画だったのが、いつの間にやら弱音が成長し「人生」の悲哀とほんのちょっとの希望を感じさせる青春漫画へと奇跡の変貌を遂げた作品。
 この単行本では弱音が成長して青春作品へと変貌していく後半のみを収録。
 具体的には弱音がチョンマゲ頭になった第32回から収録。

 中学校の屋上に住み着き、自給自足の生活を送る弱音。
 未来の見えないまま友人達と馬鹿をやらかしたり、性欲に悶々としたり、住処を守るために戦ったり。
 青春のただ中を駆け抜ける弱音が口にするシニカルでどこか滑稽味を帯びた自信について言葉は「アベックパンチ」に通じるリリシズムが横溢しております。

 馬鹿で無茶苦茶な行動をする弱音達。しかし、その生きることに対する真摯さがギャグのばかばかしさと青春物語としての清涼感を素晴らしいバランスでつなげております。

 最初はちんちくりんだった弱音も、物語の終わりにはチョンマゲ頭のままでも、傷だらけでも、りりしい姿に。それもこの作品が辿った軌跡を象徴していていいなあ、と単行本で通して読むとしみじみ思います。

 
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2007年08月24日

タイム涼介『アベックパンチ』1巻

「青くもなく春でもない それがおれらの青春さ」

 冒頭に掲げられたこの言葉の通り、潤いや充実感とは無縁の青春を送るはぐれ者達の青春ストーリー。

 学校にもろくに顔を出さず、ケンカに明け暮れる生活を送るヒラマサ。
 小学校からの腐れ縁で彼とつるんでいるイサキ。
 無類の強さを誇るヒラマサだが、ある日因縁をつけたアベックが繰り出した奇妙なパンチにKOされてしまう。
 屈辱のヒラマサはイサキとともにそのアベック捜しをはじめ、やがて彼らが「アベック」というスポーツのチャンピオンだった事を知り、試合会場に殴り込みをかけに行くが――

 盗んだバイクで走り出す的な青臭い衝動を持つ程にピュアではなく、人生の不条理に悩みを抱く程に小器用でもないイサキとヒラマサの二人。
 悩むそぶりも見せず、ただ本能の赴くまま突っ走るヒラマサに対して、仕方のない馬鹿だと呆れつつも、そのシンプルさにどうしようもない憧れを抱いているイサキ。この二人の織りなす友情が何とも滑稽で、しかしほろ苦くて良いのです。

 荒んだ己の人生を省みて、ある種の諦観と自虐を以て語るイサキのモノローグは、飄々としていて滑稽でしかしどこか哀しい「はぐれ者のリリシズム」とでも言うべき詩情に満ちていて、これがまた素晴らしい。
 このイサキのモノローグが物語の通底音として機能しており、作品の空気を作り出しております。

 そんな未来の見えない無軌道な若者二人の人生に突如現れた珍妙なスポーツ「アベック」。男性と女性が一組となり、互いに片手を繋ぎ合わせたまま戦うというこの競技のチャンピオンに挑戦するため、イサキとヒラマサの新たな目標が生まれますが―――まず、女性に対してデリカシーの欠片も無いヒラマサにパートナーができるのでありましょうか。そのあまりにも困難な挑戦は始まったばかりで挫折気味なのでありました。

『明日の弱音』で開拓された青春のやるせなさと滑稽さが入り交じった詩情が炸裂する本作。
 パワフル且つ繊細な登場人物達の描写、リズム感あふれるセリフ回しも素晴らしく、また「アベック」なる珍妙な設定に対してアクの強い登場人物達がどう絡んでいくのかといった先の展開への興味も十二分。

 個人的には「コミックビーム」で現在連載中の作品の中では最も注目している作品です。
 好き嫌いが分かれる画風かもしれませんが、是非一度読んでみて欲しい一作です。

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2007年08月22日

原作:南條範夫 漫画:山口貴由『シグルイ』9巻

 伊良子の「無明逆流れ」を受けて左腕を切断されて倒れた藤木。
 その藤木に代わって助太刀として仇討場に立つ牛又。
 迎え撃つは検校が雇った手練れ十一人。
 狂剣士と化した牛又の木剣が唸りを上げ、仇討場は地獄と化す!

 そんな感じで牛又師範が凄まじいまでに活躍する第九巻。
 巨大な木剣が振るわれるたびに飛び散る血と肉塊と臓物。人間の範疇を超え「牛鬼」に例えられる戦いぶり。

 その凄絶な戦いぶりを裏付けるように差し挟まれる牛又の過去。
 将来を誓った女に対する密かな恋慕を虎眼先生に看破され、剣の道に生きるために彼女を斬り殺し、けじめとして自ら去勢。

 原作で牛又が三重の婿候補となっていないのは既に妻帯していたからでありますが、「シグルイ」では独身かつ門下で最強といっても良い力量を有しながらも、虎眼先生が彼を跡継ぎの選択肢に入れなかった理由がここで明らかとなっております。

 その荒れ狂う牛又を止めようとした藩士・石田凡太郎。彼の差し出した水を飲み穏やかな表情を見せた牛又ですが、次の瞬間には素手で八つ裂きに。
 それを屈木頑之助が見ての
「蝦蟇は知っていた 餌に出くわした獣は決して唸ることなく 穏やかな眼をすることを」
 という描写も実に振るっております。

「笑うという行為は本来攻撃的なものであり 獣が牙をむく行為が原点である」
 という4巻に登場した説明といい、牛又師範の穏やかな表情は全く恐ろしいったらありません。

 とにかく圧倒的な力量を見せつける牛又師範。
 原作ありの作品である以上、読者は物語の先の展開を知り得るわけで、この勝敗の帰結についても既に分かっている話になります。(原作未読、とか敢えて読まないという選択はあるにしろ)

 虎眼先生の時もそうでしたが、そんな状況に対して「この人が負けるということが信じられない」という異常な強さ・インパクトを発揮させて、その結末に一体どやって持って行くのか?! という物語展開に対する興味を増大させる手腕は流石としか言いようがありません。

 その読者の期待を裏切らない凄まじい展開を虎眼先生の最期。
 この伊良子VS牛又の勝負の結末にここから先、一体どのような展開が待つのか、そしてその最期はどうなるのか、非常に楽しみでなりません。
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2007年08月18日

佐藤信『SWORD GALE』3巻

軍事行動を起こしたベルジェ帝国を迎え撃ったフェレー軍。
 敗れたもののフレイの策により王とともに逃走に成功した一部の軍勢はボレアス伯の居城に落ち延びることに。

 小さいながらも堅牢な城と、フレイの優れた指揮によって何とか持ちこたえるかに思えた戦も、シモンの計によって内側から城門が開かれてしまう。
 外郭を放棄し内郭に拠って圧倒的な大群に対して最後の抗戦を試みるフェレー軍だが、落城は時間の問題というこの状況でフレイ達の決断や如何に――。

 と、ベルジェ軍に包囲されたフレイらの籠城戦を描く第3巻。
 籠城、開門、外郭撤退、城館前最終抗戦――と刻一刻と変化(悪化)する戦況、またそれに伴って移り変わる登場人物達の心境が熱い。

 戦況の悪化とともに厄介ごとを城に持ち込んだフレイらを責め始めるボレアス城の民衆達。
 外郭放棄で時間を稼いでいる間に抜け穴からお偉方ではなく民衆を逃がすことを選択するフレイ。
 自己の保身と利益を優先してきた野党上がりの城主・バリー伯爵が漏らしてきた一言。
 負け戦の緊張感と一種の昂揚、そして負け戦に顕れる美しさが描かれております。
 一見青臭いヒューマニズムの発露に見えるフレイの決断も、きちんと政治的判断が働いている辺りも物語の説得力を増しております。
 決して派手な展開ではないのですが、しっかり描かれた戦況と人間描写が骨太な作品。
 負け戦の中で誕生し、とらわれの身となってしまった英雄がこれからどうなっていくのか、動き出した歴史がどうなっていくのか先々が非常に気になります。

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佐藤 信

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2007年08月12日

漫画ナツ100

「酔拳の王 だんげの方」様の企画「漫画ナツ100」に参加してみよう、ということでリスト作ってみました。

アキヨシカズタカ『双月巫女』
あらゐけいいち『日常』
アントンシク『ガゴゼ』
石川雅之『人斬り龍馬』
石川雅之『カタリベ』
石川雅之『もやしもん』
石川雅之『週刊石川雅之』
石黒正数『それでも町は廻っている』
石塚真一『岳』
伊藤静『福助』
イダタツヒコ『美女で野獣』
入江亜季『群青学舎』
岩明均『ヒストリエ』
岩明均『雪の峠・剣の舞』
植芝理一『謎の彼女X』
ウエダハジメ『Qコちゃん 地球侵略少女』
上野顕太郎『夜は千の眼を持つ』
漆原友紀『蟲師』
大石まさる『みずいろ』
大石まさる『水惑星年代記』
大塚英志/森美夏『北神伝綺』
大塚英志/森美夏『木島日記』
大西祥平/中里宣『涅槃姫みどろ』
大和田秀樹『ドスペラード』
かかし朝浩『暴れん坊少納言』
kashimir『○本の住人』
kashimir『百合星人ナオコサン』
カトウハルアキ『夕日ロマンス』
カトウハルアキ『ヒャッコ!』
金平守人『金平劇場』シリーズ
カラスヤサトシ『カラスヤサトシ』
河合克敏『とめはねっ!』
河田雄志/行徒『学園革命伝ミツルギ』
きづきあきら『メイド諸君!』
きゆづきさとこ『棺担ぎのクロ。懐中旅話』
くぼたまこと『天体戦士サンレッド』
熊倉隆敏『もっけ』
西原理恵子『できるかな』
桜玉吉『しあわせのかたち』
桜玉吉『幽玄漫玉日記』
佐藤信『ソードゲイル』
佐藤大輔/伊藤悠『皇国の守護者』
佐野絵里子『たまゆら童子』
佐原ミズ『マイガール』
ざら『ふおんコネクト!』
施川ユウキ『サナギさん』
シギサワカヤ『箱船の行方』
小竹田貴弘『怪異いかさま博覧亭』
東雲太郎『キミキス various heroines』
篠房六郎『家政婦が黙殺』
柴田ヨクサル『ハチワンダイバー』
志水アキ『怪・力・乱・神クワン』
志水アキ『異郷の草』
G=ヒコロウ『不死身探偵オルロック』
山田風太郎/せがわまさき『バジリスク』
高橋慶太郎『ヨルムンガンド』
滝沢解/ふくしま政美『女犯坊』
滝沢聖峰『ガンズ&ブレイズ』
武梨えり『かんなぎ』
田丸浩史『ラブやん』
地下沢中也『預言者ピッピ』
土山しげる『喰いしん坊!』
都留泰作『ナチュン』
D・キッサン『共鳴せよ! 私立轟高校図書委員会』
中嶋ちずな『いいなり! あいぶれーしょん』
中山昌亮『不安の種』
中山昌亮『泣く侍』
長谷川哲也『ナポレオン 獅子の時代』
羽生生純『恋の門』
原哲夫『公権力横領捜査官中坊林太郎』
蕃納葱『教艦ASTRO』
日坂水柯『レンズのむこう』
久正人『ジャバウォッキー』
平田弘史『それがし乞食にあらず』
平田弘史『血だるま剣法・おのれらに告ぐ』
平田弘史『薩摩義士伝』
平田弘史『首代引受人』
深巳琳子『沈夫人の料理人』
福島聡『少年少女』
藤田和日郎『邪眼は月輪に飛ぶ』
藤見泰高/カミムラ晋作『ベクター・ケース・ファイル』
武論尊/池上遼一『覇−LORD−』
星野之宣『宗像教授異考録』
水上悟志『ぴよぴよ』
水上悟志『げこげこ』
みなぎ得一『足洗邸の住人たち。』
三宅乱丈『イムリ』
三宅乱丈『ぶっせん』
宮下裕樹『正義警官モンジュ』
諸星大二郎『諸怪志異』
安永知澄『やさしいからだ』
山口貴由『蛮勇引力』
南條範夫/山口貴由『シグルイ』
山田芳裕『へうげもの』
やまむらはじめ『神様ドォルズ』
横山光輝/今川泰宏/戸田泰成『ジャイアントロボ 地球が燃え尽きる日』
湯浅ヒトシ『耳かきお蝶』
結城心一『ひめなカメナ』
結城心一『ももえサイズ』
友美イチロウ『みーたん』

 「読む」ことを考え、入手しやすいよう、なるべく新しめの作品を多めにするつもりで選んでいたのですが、結果的には新旧入り交じる形に。中でも一番のお薦めはなんと言ってもカトウハルアキの2作品。しつこいようですが是非読んでいただきたい。


 とにかくアレも入れたい、コレも入れたいとなってしまって、100作品だけに絞るのはなかなか大変でした。
 時間があればそれぞれの作品について寸評でも付したいところであります。

 そして、お気に入りキャラクター10。
 
岩本虎眼(『シグルイ』山口貴由)
紅夕暮(『夕日ロマンス』カトウハルアキ)
上下山虎子(『ヒャッコ!』カトウハルアキ)
嵐山歩鳥(『それでも町は廻っている』石黒正数)
バロネス・オルツィ(『足洗邸の住人たち。』みなぎ得一)
ハンター錠二(『喰いしん坊!』土山しげる)
ミネルヴァ(『邪眼は月輪に飛ぶ』藤田和日郎)
ココ・ヘクマティアル(『ヨルムンガンド』高橋慶太郎)
死神ももえ(『ももえサイズ』結城心一)
ナギ(『かんなぎ』武梨えり)

 逆にこっちは10人選び出すのに苦労した感が。
 日をおいて選んだらまた違ったラインナップになっているかもしれません。

 いやしかしこの企画は結果も楽しみですが、選んだ人の趣味が如実に出ていて他の方のラインナップを見るのが楽しいですね。


集計用ファイル
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2007年08月11日

竹林月『ことこと。〜子と孤島〜』1・2巻

 東京から遙か南に位置する孤島・琴古島に赴任してきた新任教師・渚青子。
 青い空と海を擁する島を舞台に、彼女と島の人々との愉快で人間味あふれる交流を描く作品。
 「Webコミックスブラッド」連載中。

 1巻の時に感想を書いていなかったので2巻の発売を期に2巻分の総評ということで。

 教師でありながらどこか子供っぽさを持ち、元気でサッパリとした性格の青子。
 ギャグあり、人情ありで描かれる話の中で元気いっぱいに活躍する青子がとても魅力的。
 黙っていれば美人で通りそうなのに、登場シーンから船酔いでゲロゲロと戻してしまって「カエルちゃん」というあだ名を付けられてしまったり、子供達と本気で張り合ったり、でも先生としての優しさをきちんと持ち合わせていたり。常夏の島の中で青子のキャラクターは実に映えます。
 そんな青子と個性豊かな島民達との交流が活き活きと楽しげに描かれております。

 ずっと続く夏、南国の美しい自然、純朴で優しい人々と青子が暮らす琴古島は一種のユートピアでありますが、そこら辺を衒い無く真っ正面から「ステキなもの」として描いているので、読んでいる方は非常に気持ち良く、素直に「ああ、いいなあ」と思えてしまう魅力があります。

ことこと。~子と孤島~ 2巻 Flex Comix (Flex Comix)ことこと。~子と孤島~ 2巻 Flex Comix (Flex Comix)
竹林 月

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2007年08月10日

武梨えり『かんなぎ』3巻

 へっぽこ愉快なコメディを展開しつつも、ナギ様は一体何者であるのか、という謎を巡ってシリアス方面にも話が転がり始める第3巻。

 つぐみのうっかり発言によって同性愛者疑惑が持ち上がってしまった仁。つぐみの暴走っぷりや、周囲の無責任な面白がりっぷりが愉快。
 その誤解を解くべく頑張るつぐみ。幼なじみキャラとして健気に仁のことを想っている彼女ではありますが―――なかなか報われない不憫なキャラであります。

 仁の裸を目撃してしまった後のつぐみとナギの「子供の頃とはもう違うんだなー…って」「興味がある」という会話や、その後に続く生まれたままの姿の赤ん坊の仁の写真を見ての
「この頃とはもう違うということですね」
「成長とは驚くべきことじゃのう」
「仁 かわいかったのよ」
「今は?」
「今もかわいい」
「おおー」
 という一連のやりとりなど、お嬢さん方、一体何を言っているのですか感あふれる愉快さは素晴らしいものがあります。そうか、仁は「子供の頃とはもう違」っているけど今でも「かわいい」のか……。
 それにしても、裸を見られてしまったり羞恥プレイの的になってしまったりと、実は女性陣よりも仁の方が「ヒロイン度」は高いのかも知れません。

 そんな中、ひょんなことからナギが失踪。
 自分が何者なのか説明することができず、仁の心にもナギは本当に神様なのかという疑惑が。
 それらの問題を乗り越えて、仁とナギの関係は一つ進展しますが―――うれしはずかしの展開の中、やっぱり報われない役どころのつぐみが不憫でなりません。

 そんな感じで微妙にシリアスな方向に展開しつつあるストーリーを妙な間が魅力的なギャグで包んだ本作。この3巻の後も物語の核となる謎に触れるシリアスストーリーが展開されていくわけですが―――今月号のREX(07年9月号)を見るに、またギャグに戻っていたりとやはり土台としてギャグは捨てない模様。
 カラオケの回などでも発揮される妙な味のギャグセンスとか堪らなく好きです。すっきりとした線で綺麗で可愛らしい絵柄でありながら、この辺の妙なセンスは何というか非常にクセになります。

かんなぎ 3 (3) (REX COMICS)かんなぎ 3 (3) (REX COMICS)
武梨 えり

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2007年08月05日

石黒正数『それでも町は廻っている』3巻

 メイド喫茶「シーサイド」に集う面々を中心に、町内で起こるイベントをおバカに、ちょっぴりノスタルジーも込めてご近所感たっぷりに描くコミック第3巻。

 この3巻では主人公・歩鳥が学園祭でタッツンや紺先輩らとバンドを組んでみたり、一人で喫茶店のする番をしてみたり、妹のサンタクロースの夢を守ろうと奮闘したり、メイド探偵として活動してみたり、ミステリ好きとなった原因の過去の話が語られたり、目玉料理開発のために頑張ってみたり。

 主人公歩鳥のアホの子っぷりに、ツッコむ者あり、ノっかる者あり登場人物がそれぞれキャラごとに異なる反応・対応をするのがとにかく楽しい。
 うーん、やはり歩鳥さんのアホの子っぷりの楽し可愛さは素晴らしいものがあります。
 「ワン・オア・エイト(イチかバチか)」という言い回しは是非日常生活でも使っていきたい感じであります。

 そして、28話「ツッコミじいさん」ではメイド長の亡くなった旦那さん(じいさん)が登場。笑わせつつもいい話に仕上げる――かと思いきやまたラストに一ひねり入れる辺りが実に心憎い。
 他の話でも若かりし頃のメイド長が歩鳥に向ける眼差しなど、合間に何気なく挟まれる優しさというか「いい話」分とギャグの兼合いが絶妙で素晴らしい。これらの積み重ねが作品全体の居心地の良い雰囲気を醸しているのでありましょう。
 また、町という限られた舞台の中で細かいリンクをしてたりするので、読み返してみると新たな発見があるかも。

 あと、亀井堂の太眉お姉さん・静さんは大変にかわいいなあ、と思うのです。

それでも町は廻っている 3 (3) (ヤングキングコミックス)それでも町は廻っている 3 (3) (ヤングキングコミックス)
石黒 正数

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2007年08月04日

石黒正数『Present for me 石黒正数短編集』

 「それ町」の石黒正数のデビュー作や「コミックフラッパー」に掲載された作品を収めた短編集。

 孤島の超能力研究所に集められた少年少女が、研究所の崩壊によりサバイバル? を開始する「ススメ サイキック少年団」

 動けなくなったロボットと少女の出会いを描いた「Present for me」

 リストラおやじが唯一の特技である投げ縄を活かし、ヒーローとして活躍? する「なげなわマン」

 「人類滅亡」をテーマに放送部の面々が自分たちの作品の構想を語り合う「カウント ダウン」

 人間界に修行に来て主人公の家に居候する魔女、しかし彼女はブスだった!  しかも使い魔はビッグフットだった! という「バーバラ」

 珍妙なヘルメットばかりを作るオヤジとそれを買ってしまったお姉ちゃんの交流を描く「泰造のヘルメット」

 悪の組織が解散してしまって戦う相手がいなくなった正義のヒーローと、路頭に迷った元悪の幹部出会いを描いたデビュー作「ヒーロー」

 以上の7編を収録。
 表題作「Present for me」のような所謂「いい話」もありますが基本的にはギャグを多分に含みつつ、それぞれの作品で試行錯誤を重ねている、という印象。無造作に見えて実はテクニカルに仕組んだ笑い、というこの辺のセンスが磨かれて「それ町」に繋がって行っているのですなあ。

 個人的には「なげなわマン」のヒドくて大変下らないオチに吹き出してしまいました。なげなわマンのクドい風貌と相まって大変にばかばかしくてステキです。この一発ネタだけで話を一本書いてしまうか、という。
 「泰造のヘルメット」の次々と繰り出されるギミックのバカバカしさも楽しい。

 そしてデビュー作「ヒーロー」の四季賞らしい青臭さも、それはそれでまた趣深いものが。
 「それ町」に繋がる遺伝子を持ちつつまた違った石黒正数の作風も楽しめる、という点でファンなら読んでおいて損はないかと。

PRESENT FOR ME石黒正数短編集 (ヤングキングコミックス)PRESENT FOR ME石黒正数短編集 (ヤングキングコミックス)
石黒 正数

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2007年08月02日

作:武論尊 画:池上遼一『覇 −LORD−』9巻

 劉備は倭人。趙雲は女で呂布の子を産み、その子が関平。貂蝉は漢王朝の血を引く。
 等々、三国志の常識を破壊する設定満載の武論尊&池上遼一コンビによる異形の三国志漫画も既に9巻目。
 この巻では「演義」で言うと反董卓連合瓦解とか洛陽焼き討ちの辺りを描いておりますが、当然のごとく「演義」や「正史」の枠に収まっておりません。

 敗れて帰ってきた孫堅は袁紹を蹴倒し、曹操は袁紹・袁術を放逐して勅書を奪い取り反董卓連合の盟主に。そして一層強固に団結する(!)反董卓連合。

 一方、貂蝉を手にした董卓は全く色香に惑わされることがなく、逆に恐怖で貂蝉の心を挫けさせるという男らしさ全開の展開。

 放逐された袁紹・袁術コンビは留守となった諸侯の領地を切り取り放題。これによって諸侯は危機を感じて反董卓連合は瓦解。袁術は長沙を襲い孫権を捕虜に。ついでに伝国の玉璽も奪ってしまいます。――洛陽に一歩も足を踏み入れていないのに一体どうやって孫堅は玉璽を手に入れたのだろう、という細かい疑問も湧いてきますが、いいんだよ細かいことァ! 的な勢いが。

 その孫権を人質にして孫堅に劉表攻めを強要する袁術。
 しかし、孫権に舌を噛まれて自殺されそうになって逆に慌ててしまい「華佗を呼べい! 華佗の医術に賭けるのだ〜〜!」とか言い出すうっかりさん。
 そこで華佗を持ってくるか! という驚きもありますが、「バカヤロー! "頭"は二つ要らねェんだよ!」とか、ちんぴらテイスト全開の袁術陛下が素晴らしい味を出していてたまらないものがあります。後に皇帝になった時の活躍が今から楽しみで仕方ありません。

 董卓の過去のトラウマが描かれていたり、馬騰が登場したりと物語的に色々展開しておりますが、この9巻の主役は間違いなく袁術陛下でありましょう。

 え、あれ、三国志ってこういう話だったっけ――
 と、相変わらず読む者の「三国志」観をぐらぐらと根っこから揺さぶる作品であります。素晴らしい。

覇-LORD 9 (9) (ビッグコミックス)覇-LORD 9 (9) (ビッグコミックス)
武論尊 池上 遼一

小学館 2007-07-30
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2007年07月31日

きづきあきら+サトウナンキ『いちごの学校』

 元教師の壱吾と、元生徒のくるみの夫婦と、二人の間に生まれた赤ん坊のアオ。
 壱吾とくるみのラブラブで幸せな新婚生活が描かれるかと思いきや、きづきあきら+サトウナンキのコンビの作品でありますのでそう甘くはないのでありました。

 教え子であるくるみと関係を持ち、彼女を妊娠させて教職を辞した壱吾。くるみもまた学校を辞めて壱吾と一緒になることを選んだわけですが――その選択がなされたことによって壊れてしまった関係・スポイルされた可能性というものもあるわけで、物語はそこを突いてきます。
 甘い生活と、この苦さの対比がきづき+サトウ節というべきでありましょう。

 壱吾の社会的立場・家族関係、くるみの人間関係、そして普通の学生として生きていくというくるみの未来。それらを捨ててまでくるみが選んだ選択。
 子供も生まれて幸せで甘い時間を過ごしている中で、おまえ自身は幸せなのかという壱吾の問いに対して、底知れぬ昏さを湛えた眼差しを送るくるみ。

 愛している、だけでは済まされない問題を抱えつつ生きていく三人。
 壱吾だけが責めを負うべき話では無いとも感じますし、その選択が正しかったのかどうかも分からない。
 しかし、それでも選択の結果としての現在を生きていかなければならない者達の人生というものを考えさせられてしまう結末でありました。

いちごの学校 (ヤングキングコミックス)いちごの学校 (ヤングキングコミックス)
きづき あきら サトウ ナンキ

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2007年07月30日

田中ユタカ『ミミア姫』1巻

 光の羽根を持ち、念話で互いの心を繋げるなどの「ちから」を持った人々が暮らす雲の都。
 その中に何の「ちから」も持たず、小さくか弱い異質な存在として生まれたミミア。
 念話によって高度なコミュニケーションを築き、運命さえも予知している人々の中でただ一人だけその未来が全く分からない彼女は、人々の原初の姿を持った「神さまの子」として育てられる。
 そんなミミアの物語を綴るファンタジー。

 小さくか弱い存在の彼女に対して、あらん限りの愛情を注ぐ両親と、雲の都の人々。その無私の愛情・生命への賛歌とでも言うべきものの描写の真摯さに、この作品で描こうとするものへの著者の本気を感じます。

 天国とも称される雲の都の文化や風俗の描写もしっかりとした設定に基づいて描かれている感が強く伝わってきて、そこで展開する物語に説得力を与えております。

 この1巻で語られるのはミミアが11歳の誕生日を迎えるまでの話で、様々に複線が示されてはいるもののまだ物語が動き出す前の序幕といった感じ。
 ここからどのような運命がミミアを待つのか、非常に興味がそそられます。
 田中ユタカの本気の物語がここに。

ミミア姫 1 (1) (アフタヌーンKC)ミミア姫 1 (1) (アフタヌーンKC)
田中 ユタカ

講談社 2007-07-23
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